飛鳥時代の人物

飛鳥時代の人物

元明天皇

元明天皇(661〜721年)は草壁皇子の妃であり、文武天皇の母親にあたる。皇位継承の際の嫡子相承を定めた。
708年に武蔵国秩父群から和銅が産出された。
これを「天の神と地の神が政治を愛でられ、祝福された」証拠と受け止め、年号を和銅と改め「和同開珎(わどうかいちん)」を鋳造し流通させた
※和同開珎とは日本で最初の流通貨幣の事。皇朝十二銭の1番目にあたる。

文武天皇

文武天皇(もんむてんのう:683〜707年)は草壁皇子の子で、天武・持統天皇の孫にあたる。
文武天皇の治世で特筆されるのは、九州の薩摩や種子島(大隅諸島の一つ)などを服属させ、大和政権の支配領域を拡大させたことにある。
また、外交面では30年あまり国交が断絶していた唐との関係修復を行い、遣唐使を派遣させた。
内政面では、律令の完成形といえる「大宝律令」を施行させた。
さらに、平城京への遷都も、文武天皇の時代に審議が始まっている。

持統天皇

持統天皇(645〜702)は飛鳥時代の第41代天皇。天智天皇の皇女であり、その弟の天武天皇の皇后でもあった。
天武天皇の政治を補佐し、その没後は政務
執り飛鳥浄御原令を施行した。 さらに、実子である草壁皇子の死後は自身が即位して藤原京に遷都した。 孫の文武天皇に譲位した後は、太上天皇として政治に協力し、大宝律令を完成させた。

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天武天皇

天武天皇(631〜686年)は飛鳥時代、第40代天皇。父は舒明天皇(じょめいてんのう)で、母は皇極天皇(斉明天皇)、兄が中大兄皇子(天智天皇)である。天皇に即位するまでは大海人皇子(おおあまのみこ)と呼ばれた。
「千申の乱(じんしんのらん)」で甥にあたる大友皇子(おおとものおうじ、弘文天皇)と戦い、これに勝利をする事で皇位をついで天皇となった人物だ。飛鳥浄御原宮で即位した。

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中大兄皇子

中大兄皇子(626〜671年)は飛鳥時代の日本の皇子で、舒明天皇の皇子であり、母は皇極天皇である。後の第38第天皇である天智天皇の名でも知られる。
蘇我入鹿を「乙巳の変(いっしのへん)」で暗殺した後、「大化の改新」を行った人物で、朝鮮半島の百済再興に協力を行ったり、白村江で大国である唐とも戦った。

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蘇我入鹿

蘇我入鹿(610?〜645年)は飛鳥時代の皇族の人物。
蘇我馬子の孫であり、蘇我蝦夷の子である。
645年の「乙巳の変」において、中臣鎌足と中大兄皇子によって暗殺された。

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聖徳太子

聖徳太子(574〜622年)は飛鳥時代、用明天皇の皇子であり、推古天皇の摂政で 厩戸皇子(うまやどのおうじ)のなでも知られる。
聖徳太子が摂政となったのは20歳の時で、日本で初めての女性天皇である推古天皇の時代であった。
冠位十二階や十七条憲法の制定、遣隋使の派遣による隋との国交の開始など数多の功績を持つ伝説の摂政だ。

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蘇我馬子

蘇我馬子(出生年不明〜626)は「日本書記」に記述される飛鳥時代の政治家である。敏達(びだつ)、用明(ようめい)、崇峻(すしゅん)、推古(すいこ)の四代もの天皇の代に大臣を務めたと云われる。
馬子は「武略と弁才」で政敵たちを倒し、当時の天皇家(大王家)との血縁関係を強化する事で、蘇我氏の繁栄の栄華を極めた時代の頂点に立った。

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