戦国時代

戦国時代

戦国時代は、室町時代から安土桃山時代、または15世紀末から16世紀末にかけて戦乱が頻発した時代である。
1467年、室町幕府将軍の失政によって応仁の乱という大乱が勃発してしまい、幕府の権力は完全に失墜する。
そして、北条早雲を先駆けとして戦国大名と呼ばれる勢力が日本各地に出現していく事となったのである。
大名たちは領国内の土地や民衆を支配するとともに、領土拡大図り、近隣諸国の大名と争いを繰り広げていった。
ちなみに、戦国時代は豊富秀吉による関東平定(1590年)までとする説や、徳川家康が1603年に征夷大将軍となり、江戸に幕府を開くまで、など複数の意見がある。

戦国時代の出来事

戦国大名による下剋上の時代

応仁の乱以前から自立意識が目立っていた鎌倉公方は、15世紀の半ばに分裂する。
管領上杉氏を殺害した足利成氏(しげうじ)は、幕府の追討を避けるため、下総の古河へ移った。
幕府は成氏を討つため将軍の弟であった足利政知(まさとも)を送るが鎌倉に入れず、伊豆の堀越に拠点を構えたのである。
北条早雲はこの混乱を乗じて、歴史の表舞台へ現れるのである。
早雲は伊勢の生まれで、駿河国の守護である今川義忠(よしただ)の家臣であった。
その後、武力によって伊豆を奪い取っており、戦国大名の先駆者であった。
早雲はさらに、小田原を拠点として、関東の大部分を支配する大大名へと上り詰めるのだ。

各地で群雄割拠する名将たち

早雲は関東の混乱に乗じて挙兵し、本格な戦国時代の到来を告げた武将であった。
その他、関東以外でも戦国大名の先駆者といえる人物らが台頭くるのである。
越前の朝倉敏景(としかげ)は応仁の乱の際に裏切りで大名にのし上がり、荘園などを強奪していく事で実権を握っていく。
美濃国では美濃の蝮と呼ばれた斎藤道三(さいとうどうさん)が大名として名乗りを上げていく。
道三は一回の油売りから一国の領主にまで上り詰めた大名であった。
道三自身は志半ばで敗れていく事になるのだが、道三の意思は織田信長に引き継がれていくのだ。

将軍は傀儡と化しており、実権は大名が握る

各地で戦国大名が群雄割拠する中、国人衆といわれる土着の民や農民たちの一揆が頻発していた。
中央では幕府の実権が将軍から、管領の細川氏、家臣の三好長慶(ながよし)、三好の家臣であった松永久秀らへと次々に奪われていたのだ。
下剋上における秩序の乱れは、中央から地方まで、日本全国に広まっていたのである。
当時、幕府の実権を握っていた松永久秀は、十四代将軍の義栄(よしひで)を擁立する事で権力を握っていた。
しかし、尾張の戦国大名である織田信長が、十五代将軍となる足利義昭を奉じて上洛してきた為、信長に臣従する事となる。
この後、松永久秀、足利義昭ともに信長によって京都を追いやられる事で、信長の時代が到来する事になっていく。

甲斐国の武田信玄

次々と領土を獲得していった戦国大名たちは、自らの法によって領国を収めていた。
そして、隣接する敵を滅ぼしながら、さらに自身の勢力拡大を図っていたのだ。
中でも、戦国最強といわれた甲斐国の武田信玄は、優れた軍略を駆使する事で、自身の領土を獲得していた。
その信玄と五回にわたって互角の戦いを繰り広げたのが上杉謙信である。
上杉家との戦いに勝利する事は出来なかった信玄だが、彼の目的は都を目指し、上洛を果たすことであった。
信玄の持つ武力はとても強大であり、上洛も不可能でなかったのだが、彼もまた志半ばで亡くなってしまった。
そして、信玄の死後、息子の勝頼が後を継ぐのだが、まもなく武田氏は滅んでしまった。

戦国時代の人物

毛利元就

毛利元就(1497〜1571年)は戦国・室町時代の安芸国の戦国武将。幕末の時代、江戸幕府の倒幕に成功した長州藩の祖である。元就は瀬戸内海の水運を握る大内氏と、山陰の鉱山利権を握る尼子氏とを互いに争わせ、巧みに利用しながら勢力を拡大した。中国地方の大半を自身の領地とし、後の戦国大名が手本とした大名であった。

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北条早雲

北条早雲

北条早雲(1456〜1519年)は戦国・室町時代の武将で、関東・後北条氏の初代棟梁である。北条早雲という名は、一般的に後世による総称であり、早雲本人は自身を「伊勢新九郎」と名乗っていた。伊豆国や相模国などの関東を平定した後、四公六民や徳政令などの善政を行った武将である。

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上杉謙信

上杉謙信

上杉謙信(1530〜1578年)は戦国・室町時代の越後国の武将である。後の米沢藩の藩祖でもある。中越を本拠地として、内紛を平定して、上越・中越の統一を果たした。関東管領上杉憲正への援軍を皮切りに、17年間にわたって越山(関東出兵)を敢行し、北信濃の川中島では、甲斐の虎といわれた武田信玄と五回にもおよぶ戦いを繰り広げた。

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武田信玄

武田信玄

武田信玄(1521〜1573年)は戦国・室町時代の甲斐の国の戦国武将である。信玄は父である武田信虎を甲斐国より追放して領地を相続した。家督を継いだ後、信玄は信濃国へすさまじい速さで領土を広げていき、川中島にて越後国の武将・上杉謙信と戦った。

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