石室は生活空間が再現された

古墳の石室は被葬者の生活空間だった

古代日本で造られた古墳の石室は被葬者の生活空間となっていた。
当初の石室は密閉空間で被葬者が出て来れない構造になっていたが、これは死者が出てくる事を恐れていた為だった。
それ故に、石室内部は被葬者が快適に過ごせるように生活空間が再現されていた。
しかし、次第に死者への恐怖が薄れていき、石室に出入口が設けられるように変化していった。

古墳は墓、被葬者を安置する施設

被葬者の保護が最優先だった

古墳が墓である以上、最も重要なのは被葬者を安置する場所である。
考古学の世界では「埋葬施設」、もしくは「主体部」と呼ぶ。
被葬者の埋葬施設は多くの場合、古墳の墳丘の中心近くに設けられた。

「棺」「槨」「石室」の三重構造

構造は時代によって異なるが、被葬者の遺体を納める「棺」、棺を覆う「槨」、槨を保護する「石室」という三重構造になっている。

竪穴式石室による被葬者の埋葬方法

盛り上がった墳丘に古墳が築かれる

日本列島で古墳が築かれるようになった頃、造られていたのは竪穴式石室である。
盛り上がった墳丘の上部に大きな竪穴(墓坑)を掘り、その底に板石を敷くなどして基盤とする。
中央には長大な棺を支える粘土の台(粘土棺床)を造り、棺の中に被葬者の遺体を納めた。

天上を含めた四方を板石で囲い石室を造る

そして、扁平な板石で四方を積み重ねて壁体とし、大きな天井石を数個並べて封鎖。
さらに、その上を粘土で覆って密閉し、最後は土をかぶせて完成させた。
積み上げられる石の量は膨大で、総量が数トンになる場合もある。

膨大な量の石を使用していた

石室を造る際には、相当な量の石が運ばれたと考えられる。
使用された石材としては、二上山のサヌカイトや四国を流れる吉野川下流域の結晶片岩などがある。

被葬者が出て来ないように、という構造だった

密閉空間だった石室

まるで棺から死者が出てくるのを防ぐような念の入れ具合で、“密閉”を強く意識したのが竪穴式石室の特徴だった。
埋葬する側が密閉にこだわったのは、当時の被葬者の特徴も関係している。

古墳時代の指導者は呪術的な力を持っていた(とされた)

政治制度がしっかりと確立されていなかった古墳時代前期、指導者となったのは宗教的な権威を持つ司祭者的な人物たちであった、とおもわれる。
彼らは呪術によって国を治めたが、それゆえに、人々は「この世に蘇り、悪い呪術を使うのではないか」という恐れを抱いたのだろう。
死者が二度と這い上がってこないよう、遺体を古墳の奥底に葬り、出てこられないようにしたのである。

横穴式石室、石室が密閉空間ではなくなった

石室に出入口が設けられるように

6世紀に入ると、墳丘の横から穴を開け、棺を納める横穴式石室が一般的になった。
最大の特徴は、石室の一方に出入り口があること。
竪穴式石室は四壁のいずれにも出入り口がなく、上部の天井部も何重にも塞がれたので、封じ込められている印象があった。しかし、入り口があるということで、古墳の石室は「閉ざされた空間」ではなくなった。

徐々に薄れていった死者への恐怖心

支配者が【呪術】から【武力】を使う時代へ

石室の構造が変わったのは、古墳時代の支配者の変化も関係している。
竪穴式石室の頃は呪術的な要素を持つ者が統治していたが、武人的な性格を持った者へと変容していった。
これは、古墳で出土した副葬品の特徴からも判断できる。
また、死者に対する価値観も変わり、「封じ込めなければならない存在」ではなくなったのであろう。

なぜ、石室内部が生活空間になっていたのか

石室の構造が竪穴式から横穴式に変わった背景には、死後に対する考え方の変化も重要な論点となっている。

死後も古墳の石室内で生活する「家族霊」

近藤義郎氏(戦後の日本考古学を主導した重要な考古学者)は、横穴式石室で須恵器や土師器といった生活に必要な品が副葬されている点に着目し、死後も古墳の石室内で生活する「家族霊」が成立したと述べている。

中国や朝鮮半島に同様の霊魂観があった

また、広瀬和雄氏(弥生時代・古墳時代を主とする考古学者)は、「死者の霊魂が肉体と分離して石室内で生活する」という中国や朝鮮半島由来の霊魂観が持ち込まれたのが、石室の構造が竪穴式から横穴式への変化につながったとみている。

「黄泉の国」は横穴式石室だった?

古事記に描かれた死後の世界

現存する日本最古の歴史書である『古事記』には、死後の世界として「黄泉の国」が描かれている。この黄泉の国の描写が、横穴式石室がモデルになっているのではないかという指摘もある。

石室や安置所を想わせる黄泉の国の描写

太古の昔、イザナギ(夫)とイザナミ(妻)という神が日本の国土や神々を生み出したが、イザナミは火の神カグツチを出産した際に大やけどを負って亡くなってしまう。イザナギは妻に会うために死者が住む黄泉の国に向かったが、そこで彼が見たのは、変わり果てたイザナミの姿だった。イザナギは仰天して逃げ出し、黄泉の国への入り口を巨大な岩で塞いで「生」と「死」の世界が断絶された。
>> イザナミが行った黄泉の国とは?

故人を想う優しさからくる配慮であった

古墳時代の人々は、横穴式石室を「死後の世界への入り口」と捉えていたと考えられる。そのため、あの世でも元気に暮らしていけるよう、日用品を副葬品として納めたのかもしれない。


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