第一次世界大戦

第一次世界大戦と日本の大陸進出

サラエボ事件を切っ掛けに全ヨーロッパを巻き込んだ第一次世界大戦
1914年から18年の4年間続いたこの戦争は、ヨーロッパ全土を巻き込んだ史上初の総力戦となり、戦争当事国を消耗させた。
日本も東アジア戦線においてこの戦争に参戦、欧米列強の隙を突き大陸に進出、アジアでの影響を力を拡大した。
>> 第一次世界大戦の経過年表

大陸進出と戦争による好景気

1914年、ヨーロッパ諸国がドイツを中心とする同盟国側(ドイツ・オーストリア・イタリア)と、英国を中心とする連合国(協商国)側(英国・ロシア・フランス)とに分かれ、第一次世界大戦が始まった。
日本は、日英同盟を理由にドイツに宣戦布告、中国におけるドイツの根拠地であった青島(チンタオ)を占領し、ドイツ領南洋諸島にまで支配地域を広げた。
1915年には、列強の目がアジアから反れている隙に中国での利権拡大を図り、政情の不安定な袁世凱政権に二十一カ条の要求を突き付けた。

戦争で日本は好景気に

この大戦は大陸進出とともに、不況にあえぐ日本にかつてない好景気(大戦景気)をもたらした。
欧米列強が市場にしていたアジアへの輸出が急増し、造船・鉄鋼などの重工業が急成長し、多くの成金が生まれた。

シベリア出兵とインフレ

一方で、1918年のシベリア出兵(ロシア革命干渉の為の軍隊派遣)や大戦景気は物価の上昇を招き、社会運動が広がる切っ掛けとなった。
また1919年には、ロシア革命や民族自決主義に影響され、朝鮮では反日独立を訴える三・一独立運動が、中国では五・四運動が発生した。

米国が日本へ警戒感を募らせる結果に

さらに、日本の中国進出、シベリア出兵の長期化で日本への警戒を強めた米国は、1921〜22年にワシントン会議を開催する。
その結果、日本は山東省に得た権益を中国へ返還し、シベリアからも撤兵する事となった。

第一次大戦の日本への影響

ドイツ権益を占領
日本軍は黄海より南北から山東半島へ上陸し山東省のドイツ権益を占領、新たに支配地域を獲得した。
南洋諸島の委任統治
ヴェルサイユ条約により、日本は赤道以北南洋諸島の統治を委任され、後にこの地域が太平洋戦争の軍事拠点となる。
シベリア出兵 1918〜22年
ロシア革命干渉の為、米国など列強とともにシベリアに軍隊を派遣、ソビエト軍と交戦した。
三・一独立運動 1919年
京城(現在のソウル)での独立宣言を機に、全国の民衆が「独立」を訴え、反日独立運動を展開した。
五・四運動 1919年
北京でのヴェルサイユ条約反対デモが全国に広がり、日本商品ボイコット運動がに発展した。

第一次世界大戦の経過年表

西暦出来事
1914年7月第一次世界大戦 勃発
8月日本が日英同盟を名目にドイツに宣戦布告
1915年1月日本が中国に「二十一カ条の要求」を出す
  • 山東省におけるドイツ権益の継承
  • 旅順・大連の租借期限、南満州鉄道の利権の期限を99カ月延長
  • 中国の製鉄会社、漢冶萍煤鉄公司の日中共同経営化
  • 中国政府に日本人顧問を設置
5月中国政府が日本人顧問設置などを除く、要求の大部分を承認
1917年3月ロシア二月革命
帝政が崩壊し、ソビエト政権が成立する
11月ロシア十月革命
1918年8月日本、シベリア出兵を宣言
11月第一次世界大戦 終結
1919年1月パリ講和会議開催、中国が二十一カ条の要求の撤回を求めるが失敗
3月朝鮮で三・一独立運動
5月中国で五・四運動、中国の反日感情が高まる
6月ヴェルサイユ条約調印
  • ドイツとの講和
  • 国際連盟設立(1920年発足)
  • 日本の旧ドイツ権益継承の承認

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