日本の産業革命

日本の産業革命

日本における資本主義の発達、産業革命は日清・日露戦争における戦時特需が促した。
日本の産業革命は軽工業から始まるが、日露戦争前後には重工業も発達する。
しかし、次第に経済は財閥に牛耳られ、労働問題や公害も発生するようになっていく。
>> 軽工業と重工業の発達年表

日清戦争で軽、日露戦争で重工業が発達

紡績業が開花

1883年、大阪紡績会社が開業した。
同社は、輸入紡績機械の導入、蒸気機関の使用、電灯の設置による昼夜2交代フル操業で、1万錘規模の大規模経営に成功する。
以後、日本の産業革命の主役である紡績業は、原料綿花を中国、インド、アメリカからの輸入に依存したが、日清戦争後には輸出産業へと成長した。

鉄鋼業が開花

製糸業は、国産の繭(まゆ)を原料とする最大の外資獲得産業として、日本の近代化を長く支える役割を果たした。
重工業の分野では、1901年、官営・八幡製鉄所が中国・大冶鉄山の鉄鉱石を原料として操業を開始。
何度かの失敗を経て、日露戦争頃から生産を軌道に乗せていった。

財閥の誕生と労働問題の発生

政商たちによって財閥が形成される

三井三菱古河など、政府と繋がりの深い政商たちは、官営工場の払い下げを優先的に受けた。
彼らは産業革命期に鉱業、貿易、金融など、多角的経営に乗り出し、一族を中心とした財閥を形成していった。

1911年に工場法が制定

一方で、女工をはじめ、産業を支える労働者たちは、低賃金で過酷な労働を強いられた。
日清戦争前後には、各地で待遇の改善を求めるストライキが始まった。
政府は1900年に治安警察法を公布して、これらの運動を統制する一方、1911年には初の労働者保護法である工場法を制定している。

主な工場・鉱山と鉄道網

芝浦製作所
田中製造所が三井傘下に入り改称、以後は機械の国産化が本格化した。
駒橋発電所
当時日本最大の水力発電所で、東京までの長距離送電を行った。
大坂紡績会社
1883年に開業し、イギリス製蒸気紡績機を導入、民間紡績業の先駆けとなった。
呉海軍工廠
海軍最大の鉄鋼工場を持ち、軍艦の国産化を進めた。
八幡製鉄所
1901年操業開始、日露戦争後に生産が本格化し、重工業発達の基盤となる。
足尾銅山
古河が買収して発展するが、流出した鉱毒による足尾鉱毒事件が発生する。

軽工業と重工業の発達

西暦出来事
1880年 官営工場払下げ開始
1882年 日本銀行設立
日本初の中央銀行で、1886年委は銀本位制が確立した。
1886〜89年 企業勃興
会社設立がブームになる。
1889年 東海道本線全通
1894〜95年 日清戦争
1897年 金本位制実施、日本の貨幣や商取引の国際的信用度が高まり、貿易が発展した。
金本位制とは、一国の貨幣価値を金に裏付けられた形で金額を表すものであり、商品の価格も金の価値を標準として表示される。
1900年 資本主義恐慌
綿花の輸入増と金の海外流出が原因。
1901年 八幡製鉄所操業
1904〜05年 日露戦争
1906年 鉄道国有法
軍事・政治上の理由から鉄道が国有化。
1907年 日露戦争後恐慌
綿糸・生糸市場が暴落。
駒橋発電所完成
1909年 三井合名会社設立
財閥の誕生
三井・三菱・住友などの大資本家は企業集中を進め、持株会社を中心とする財閥に成長した。

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