※本記事は2026年2月に投稿したものですが、記事投稿日を、写真の撮影日である2012年1月と後から設定しています。
先に投稿した「宇土櫓」「飯田丸五階櫓」と同様、2016年4月の熊本地震前の熊本城の姿を写真に残していました。撮影日は2011年12月31日から2012年1月3日の間で、写真は全て管理人(うらたてつや)が撮影したものです。
熊本城の天守は1600年頃に加藤清正によって築かれました。しかし、その天守は西南戦争(1877年)で焼失、さらに1889年の熊本地震で石垣の一部が崩落しました。そして、1960年に鉄筋コンクリート造で外観復元され、現在に至ります。(2016年4月の熊本地震の影響は、天守閣においては現在は復旧しています)
今の天守閣は、天守閣ゾーンから小天守閣へとすんなり入れるが、これも本来の入口ではない。
上の写真からだけではわかりづらいですが、本来は天守閣ゾーンからは天守閣へは直接は入れなかったようです。足場の下に本来の入口が見えますが、未整備のようで一般人は行けなくなっていた(このとき僕は仮設の橋の上に立っています)。足場の下の通路を経由すれば本丸北の空堀に行けるようです。

空堀の石垣の上には宇土櫓
さあ、お次は天守閣内部へ!!と言いたいところなのですが、まったく写真を撮っていませんでした。とはいっても、SNSへの投稿や配信は禁止のようですので、撮っててもどのみち公開はできなかったようです。
この天守閣は鉄筋コンクリート造りの外観復元天守のため、内部は博物館となっています。熊本城を訪れた方はぜひお立ち寄りください。














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