震災前の熊本城・飯田丸五階櫓

飯田丸五階櫓 城跡・集落

震災前の飯田丸五階櫓です。こちらも石垣崩落まえの様子を写真に残していました。※本記事は2026年2月に投稿したものですが、投稿日を実際の撮影日である2012年1月と設定

飯田丸五階櫓

飯田丸五階櫓は、飯田丸の南西隅に櫓。西南戦争前に陸軍により破却されていたが、2005年(平成17年)に木造復元された。

「飯田丸」の名は加藤清正の重臣のひとり「飯田覚兵衛」が預かっていたことに由来。
古写真などを基に平成17年3月に復元された。

飯田丸五階櫓

石垣からの櫓の高さは14.3メートル

飯田丸五階櫓

より石垣に近づいて、櫓を下方向から眺めるように

石落とし

石落としと鉄砲狭間をアップで撮影

五階櫓の内部。石落としと鉄砲狭間

石落としと鉄砲狭間を櫓の中から

櫓から下の眺め

櫓から下の眺め。けっこうな高さである

飯田丸五階櫓

古写真でもおなじみの角度から

飯田丸五階櫓を西側から

西側から。冬だったから葉がなく櫓がよく見える

飯田丸五階櫓を飯田丸の内側からみる

飯田丸の内側から櫓を眺める

五階櫓の二層目と三層目をアップで

五階櫓の二層目と三層目をアップで。とてもキレイな状態であることがわかる

竹の丸五階櫓跡

竹の丸五階櫓跡。厳密には飯田丸ではないが、そのすぐ南にある竹の丸と飯田丸の間に存在した五階櫓があった石垣。石垣の後方(写真上)に飯田丸の五階櫓がみえる

竹の丸五階櫓跡(石垣)

この石垣もとても立派

数寄屋丸二階御広間

数寄屋丸二階御広間を裏側(北側)より。こちらも飯田丸ではありませんが、飯田丸のすぐ後(北側)に位置するため、いっしょに掲載しました。

数寄屋丸二階御広間

表側からの写真は撮ってなかったのです。悔やまれる。

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