「天皇」という称号はいつから在ったのか?
古代の日本で初めて「天皇」という言葉を用いたのは天武天皇だと考えられている。
「大王(おおきみ)」という称号よりも更に権威の高い称号へ改める事で、大王(天皇)の権威と権力を更に高めたかった為と云われる。
「大王」の称号も元は天皇と同じ立場を指す呼称で、やがて「大王」号が「天皇」号へと変わっていった。
『日本書紀』によれば初代・神武天皇からいきなり「天皇」の文字が使われているが、そんな筈はなかっただろう。
正確に、いつから「大王」の称号が使われていたか、を確認する事ははほぼ不可能であるが、「大王」の文字は発掘調査で見付かった古墳時代の鉄剣などから確認されている。
少なくとも倭の五王の時代には「大王」号が使われており、それより幾らかは時代を遡って使われていたと思われる。
当初は「天皇」という文字は「すめらみこと」と読まれていた。
いつから「てんのう」と読まれるようになったのかは分かっていない。
“神武”天皇や“天武”天皇といった、「〇〇天皇」という呼称は死後に贈られるもの。
それらの天皇は存命中にそう呼ばれていたわけではなかった。
日本は、倭の五王の時代までは中国から称号を貰う(中国皇帝に臣従する)という形をとっていたが、やがて「天皇はこの世でただ一人の存在である」という考え方が生まれた。
その考え方から、天皇は「主上(しゅじょう)」とか、「お内裏様」とか、天皇と書いて「ミカド」などと呼んでいた。
また、退位した(存命している前代の)天皇の事は「太上天皇(上皇)」「院」などと呼ばれ、区別されていた。
天皇の呼称には生前の業績を賛美して付ける「諡号(しごう)」と、住居や陵墓などの地名を用いた「追号(ついごう)」など、いくつかの種類があった。
逆に、39代・弘文天皇(大友皇子のことで、日本書紀には即位の記述がない)や47代・淳仁天皇(廃帝・淡路廃帝などと記述される)のように、明治時代になってから諡号が贈られた天皇もいる。
戦に敗れた事で天皇の座を追われたり、政争に敗れ追放されてしまった場合は、諡号を贈って貰えなかったようだ。
生前の業績を賛美して献上
住居や陵墓の地名などを用いて献上